こんにちは!パパ隊長です。
これまでに実施した3回(【PART1】【PART2】【PART3】)により、第7区の終点・平塚中継所まで進んでいる『ひとり箱根駅伝』です。
今回は、最長距離となる67.5Km(準備運動を加えると69.3Km)を走り、ゴールとなる大手町・読売新聞社前を目指すことになります。
・第1回:第1区(21.3Km)+第2区(23.1Km)
・第2回:第3区(21.4Km)+第4区(20.9Km)
・第3回:第5区(20.8Km)+第6区(20.8Km)+第7区(21.3Km)
・第4回:第8区(21.4Km)+第9区(23.1Km)+第10区(23.0Km)
今回のルート
下記が今回走った第8区+第9区+第10区のルートになります。
ここまでの『ひとり箱根駅伝』の成果により、徐々に身体も仕上がってきているように感じます。なので、今回は往路のタイムより速く走り、大手町でゴールしたいと思います。

※地理院タイルに『ひとり箱根駅伝』ルート情報を追記して掲載
JR大磯駅からは準備運動
JR大磯駅に到着したのは8時前です。
トイレを済ませ、おにぎりとお茶を補給すると、これで準備は完了です。そして、まずは1.8Km先の平塚中継所を目指します。

JR大磯駅を出発すると、下りからの平地ということで、準備運動ですが、軽快に脚が動いています。
ただ、4日前から腰の状態が悪いパパ隊長です。軽いギックリ腰のような感じで、動き出しが痛く、超スローモーションになっています。なので、腸脛靭帯に加え、腰にもテーピングしていますが、まずは大丈夫な感じです。
平塚中継所から『ひとり箱根駅伝』を再開!

JR大磯駅からは、約14分で平塚中継所に到着です。
そして、すぐに平塚中継所を出発し、花水川を渡ると、左右に防砂林が広がる単調な景色のルートが始まります。ただ、スタート直後でヤル気満々なので、テンションも下がることなく、軽快に飛ばすことが出来ています。
その後、トラスコ湘南大橋で相模川を渡ることになります。後ろを振り返ると、箱根は雲に包まれ、富士山も眺めることが出来ません…

往路と同様に海岸線ラン
相模川を越え、暫く進んだ後は、復路も国道134号線ではなく、絶景ビューが堪能出来る海岸線ランとします。
雲間から光が降り注ぐ相模湾、遠くに江の島、その向こうに三浦半島・房総半島も広がっています。ランナー以外にも、多くのサーファーや釣り人を見掛けることが来ます。


そうした中、自然にスピードアップし、気持ち良く飛ばすことが出来るようになってきました。また、スタート直後は雲に覆われていましたが、徐々に雲も消え、陽射しを浴びる時間が増えています。
しかし、楽しい時間は、あっという間に過ぎた感じで、浜須賀で『箱根駅伝』のコースに復帰です。
藤沢から登りが続く…
浜須賀からは県道30号線(戸塚茅ヶ崎線)を辿ることになります。コースはほぼ平坦で、景色も単調になります。ペースは悪くありませんが、淡々と距離を刻む時間になっています。

その後、藤沢駅の西でJR東海道線を越えると、ここからコースに変化が加わります。徐々に登りとなり、一旦下ると境川に架かる藤澤橋があります。
そして、ここから遊行寺坂が始まり、上り一辺倒になります。それでも、ペースは落ちた感じはなく、これまで通り脚が軽快に動いています。
国道1号線に合流

遊行寺坂は、国道1号線に合流するまで続くことになります。そして、合流すると、すぐに『日本橋まで49Km』の標識がありました。「まだ結構あるな…」と思いましたが、簡単だと走る意味はありません!
その後、国道1号線はアップダウンの連続となります。しかし、スタートから軽快に脚が動き、そのまま想定以上のハイペースを維持しています。
しかし、その影響が出始めたのか、脚が怠く感じられる瞬間があります。また、信号に捕まり、屈伸すると、「うっ!」という声が漏れ、結構キツい感じがしてきました…
戸塚中継所
最後まで軽快に飛ばし、戸塚中継所に到着です。

平塚中継所から21.4Km、2時間36分での走破となります。下りの多い往路より10分速いタイムで、やはり少し飛ばし過ぎのようです…
ちなみに、区間記録は1時間3分49秒で、少し飛ばし過ぎたくらいでは、遠く及びません。
戸塚中継所では、休憩することなく、そのまま通過し、第9区に突入です。
脹脛が怠くて痛い…
戸塚中継所を出発すると、下りが続くようになります。すると、早々に歩道がなくなり、コースを外れてルートを探すハメになっています。往路は反対側を走っていたので、こうなるとは思っていませんでした。住宅街の中、トレイルのような急登・激下りを捻じ伏せ、コースに復帰です。
このせいか、急に両足の脹脛が怠くなってきて、完全にスローダウンです。それでも何とか走り続けていると、痛みも感じるようになってきました。『ひとり箱根駅伝』で最大のピンチです。
特に、信号に捕まり、再び走り始める瞬間が最悪になっています。極度の筋肉痛のような痛みがあり、それを乗り越えても、脚が怠くて速歩き程度のスピードしか出ません。大手町がとんでもなく遠くに感じられます…
もし、『ひとり箱根駅伝』ではなかったら、ここでギブアップしていたかも?
復路の権太坂
第8区を走っていた頃の面影もなく、失速してしまったパパ隊長です。それでも何とか走り続けますが、今度は腰が重くなってきました…
その後、環状2号線を過ぎると、徐々に登り勾配が続くようになり、復路の権太坂の始まりです。なので、コーンスープで空腹を満たし、水とお茶で喉の渇きを潤しておきます。
改めて登りを再開すると、やはり脹脛の怠さが際立っています。ただ、痛みは消えているので、何とか走り続けることが出来る状態です。

こうして、権太坂の登りにギリギリ打ち勝つと、長い下りになります。すると、脹脛の負担も少なくり、徐々に楽になってきました。ただ、腰の負担は大きいようで、ズンとした鈍痛に支配されています。
権太坂を終えると、ここからゴールの大手町まで、ほぼ平坦なコースが続きます。そして、下りで少し復活したペースは、そのまま維持出来るようになってきています。
大都会・ヨコハマ
保土ヶ谷を過ぎ、暫く進むと、行く手に高層ビルが見えてくるようになります。そして、高島町の手前、一瞬、ビルとビルの間にランドマークタワーを見付けることが出来ました。


こうして、横浜市街地に踏み込むと、これまでと全く違った雰囲気になってきました。一気に大都会に突入した感じで、高層ビルと高速道路を下から見上げながら進むことになっています。
ただ、横浜に来る皆さんの動線とは外れているようです。コース上の歩行者によって、ペースが落ちることはほとんどありません。
徐々に脹脛も復活!
横浜からは国道15号線(第1京浜)を辿るコースになります。歩道も広くて走り易く、自販機でオレンジティーを補給しておきます。
ゆっくりですが、陽射しを浴びながらの時間が続いているので、少し汗ばむ感じです。こうした中、まず右脚が楽になってきて、その後、時間を掛けながら、徐々に左脚も復活の兆しが見えてきました。

腰も何とか大丈夫そうですが、テーピングをしていなかったら、アウトだったかも?
ということで、ゴールまでに完全復活することはないと思いますが、崖っぷちからは脱出です。そして、ゴールまで戦える条件は揃ってきた感じです。
鶴見中継所

戸塚中継所から23.1Km、往路より10分短縮し、3時間19分で到着です。
ちなみに、区間記録は1時間7分15秒です。
前回、第7区を走り終えた時より、ダメージが蓄積しているように感じられます。しかし、ここでギブアップする気は微塵もなく、目指すは大手町のゴールのみです。
そして、ここでは少し休憩することにし、コンビニでシュークリームとコーヒーを調達です。また、脚のストレッチとマッサージを繰り返しますが、脹脛を押さえると、猛烈な痛みに悶絶です…
多摩川を渡って”最終決戦”の地・東京へ
18分の休憩と補給を終え、いよいよ最後の第10区に踏み出します。
座り込んで休憩したせいか、動き出しは最悪です。猛烈に脹脛が痛く、腰も真っ直ぐに伸びず、前屈みのままヨチヨチ歩きになっています。鶴見中継所までに復活してきたものを、一瞬で台無しにしたような感じです…
その後、何とか走り始めますが、信号に捕まるとキツいので、手前から歩いて調整するようにします。しかし、横断歩道がなく、強制的に歩道橋を渡らざるを得ない場合があり、これが結構キツく感じられます。

こうして、川崎を過ぎ、六郷橋で多摩川を渡ると、”最終決戦”となる東京都に舞台を移します。そして、ここから先、暫くの間は、ほぼ真っ直ぐの単調なコースが続くことになります。
下町感漂う大田区を駆け抜ける
退屈な時間ではありますが、この辺りから、一定のリズムを刻むことが出来るようになっています。すると、鶴見中継所から続いていた脹脛のダメージも徐々に回復してきた感じで、途中、フルーツ・オ・レを補給です。
下町感漂う大田区ですが、再開発されている地域は、車道も複数車線あり、歩道も走り易くなっています。ただ、昔のままの地域は車道も歩道も狭く、ややペースダウンしてしまいます。

そうした中、この辺りで一番賑やかなのが京急蒲田駅周辺です。パパ隊長が1989年に入社した頃、最初の勤務地が蒲田でした。ここからは少し離れたJR・東急蒲田駅でしたが、駅の近くに『蒲田SEセンター』があり、POSシステムの開発(担当はスーパーのレジ端末)をしていました。あの時から、もうすぐ36年が経とうとしているのか…
その後も、京急線に沿いながらの淡々とした時間が続き、地図アプリで確認する回数が極端に増えています。
東京マラソンのコースに合流

京急・北品川駅で山手線内に踏み込むことになります。
すると、ここから一気に賑やかになり、特にJR品川駅前は、外国人観光客で溢れ返っています。時々、歩くことになり、人波を潜り抜けます。
その後、JR田町駅を過ぎると、国道15号線(第1京浜)に別れを告げます。そして、東京マラソンのコースとなっている日比谷通りへと進みます。いよいよ東京に戻って来た、という感じです。

ここから先、往路の時もそうでしたが、信号に捕まる回数が極端に増えてきました。今の状態では、走り続けているのが一番楽なので、地獄の展開に突入した感じです。なので、信号の前からスピードを調整しますが、あまり上手くいかず、結構捕まっています…
また、往路では何度も立ち止まって写真を撮っていましたが、復路は最小限で済ませることにします。

復路は京橋・日本橋を巡るコース

日比谷まで戻って来ると、日比谷交差点はまっすぐ進み、馬場先門交差点を右折します。ここからは、往路とは異なり、京橋・日本橋を巡る遠回りのコースとなります。
調子が良ければウイニングランとも言えるコースです。しかし、今は苦痛の時間が延びただけに感じます。ただ、このコース、日比谷以降はイルミネーションが多く、『ひとり箱根駅伝』の最後を飾るに相応しい光景が広がっています。
もちろん、人通りも激増しているので、ゆっくりと走り、時々、歩くこともあります。ただ、スマホを見ながら歩いているヤツも多く、コレにジャマされたかと思うと、腹が立つ…

『ひとり箱根駅伝』ゴーーーーール!!

日本橋を渡り、すぐに左折すると、後は真っ直ぐのコースでゴールを目指すことになります。そして、最後の信号を渡ると、残っている全ての力を振り絞っての全力疾走です。
土曜日18時の大手町ということで、閑散としている中、両手を広げ、静かにゴールを駆け抜けます。
鶴見中継所から23.0Km、3時間32分でのゴールです。往路より距離が1.7Km長くなっていますが、タイムは26分遅く、往路より苦戦したようです。
ちなみに、区間記録は1時間7分50秒です。


こうして、往路107.5Kmの合計は15時間12分、復路109.6Kmの合計は15時間7分、4週に渡って、楽しい時間を過ごすことが出来ました。
ゴール地点には、『絆』の像と歴代優勝校銘板があります。銘板には、今年優勝した青山学院の横に、パパ隊長の名も刻んで貰えませんかね?
激闘のご褒美は生ビール!
祝杯は、東京サンケイビルB1Fの『文殊』です。生ビールで喉を潤し、海老天重+そばで空腹を満たし、追加の生ビールも堪能です。

その後、充実した気分に満たされながら、大手町駅から自宅へと向かいます。そして、自宅に到着すると、「往路優勝!、復路優勝!、総合優勝!、”ひとり”だから…」と、ニヤニヤしながらパパ隊長を愚弄する家内です。
それにしても、次の週末からの長距離練習はどうするか?何かモチベーションが上がることはないか?ちょっと頭を悩ませています…
今回は大苦戦となりましたが、無事に大手町にゴールし、4回に渡って楽しんだ『ひとり箱根駅伝』の投稿もこれで終了になります。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
|